雑談

重なるときは重なったりするのですが、最近お出かけの機会が少なくネタ切れです。なので、雑談というか、最近考えていることなど。

最近よく思うのは、どんな人生を送ってもOKなんだな、というようなこと。前もこんなことをここで書いたかもしれませんが、どこかに目指すなにかもないし、ならなければならないものもないし、ただこの瞬間、ちゃんと存在する以外にできることもないし、それだけが自分をどこかに連れて行ってくれる手段でしかないのだなと。直線的な時間の進み方はもう終わりにきてるのかもしれない。時間が直線だと思っているから、人は目的志向になるのだし、ゆきつくところは金満志向。世界を動かせるくらいお金持ちになればいいのかって、直線思考ではそう考えてしまうし、そうなれない自分に気がついて絶望する。でも、そんなことはないですよね。だって死んだらお金なんかもっていけないですしね。どんな富豪も貧乏人も死ぬときはひとり。王様も乞食もみんな等しく朝起きて夜眠る。直線ではなく地平線にそれぞれが並んでいる。

直線じゃない時間ってなに?ということも考えているのですが、現在の点、じゃないのか。点にきちんと存在すれば、その中でなにかみえるのではないかと。悟りの境地ですね。人が皆点におれば、人からなにかを奪うことはなくなる。富も命も思想も。そう考えるとものすごく生きることって自由だな!!と気がついてふっと身体が軽くなります。いまやれることで精一杯のことをする。直線思考だとずるをするんです。未来になったら頑張ろう、というような具合に。でもこの年になるとその未来はもう残り少ないということに気づく。ずるをしてる場合ではない。だって、自分の人生を生きているのは自分自身ですからね。いまに一生懸命にならないで生半可な人生で死ぬなんてまっぴらなんです。目の前にあるのがどんなにつまらないことでもいい。とにかくそれに尽力する。最近全力投球が身についてきて、そういうことをしていても決して疲れることがない、逆に自分が透明になっていく、という感覚があります。

全力投球の人生を送ろう、というのはKan.さんの影響でもありますが、いろいろな行をやっている中で、意識が徐々に変容してきたのかもしれません。思考が前ほど邪魔をしなくなった。他人がどんなにずるをしていても、それはその人の人生なんだから自分には関係がない。自分は自分が後悔しないように生きよう。そんなふうに自然に考えられるようになってきました。ちょっと冷たいかもしれませんが、人の人生には介入できません。

わたしは実は嫉妬深いし、ちょっとしたことですぐ怒るし、我ながら悟りとは程遠いところにいるのですが、だからこそこの人生の中で自分が変容していくのをありありとみることができるのではないか、そんなふうに最近考えるのです。そのためにいろいろなことをしてきて、いまに生きる、というありふれた答えをみつけましたが、その答えは直線ではなく、深く天と地に伸びていく答えなんじゃないかと思っています。そんなようなことを作品にできればいいのですけど、まだ力量が足りません。むむむ、いまに没入して、クオリティを上げるぞ!