占い所感

無類の占い好きです。当たる占い師が南にるときけば速攻で予約をし、東にどんぴしゃの占い師がいるときけば速攻で並びにいく。特に独身で彼氏もいない状態だったときにはかなり占いにつぎ込んだものです。なぜに占いをするのだろうと思うに、未来にはいいことがある、とききたいからなのだな、と分析するわけです。自分はなんとなく不幸な気がするから、占いで明るい未来を明示してほしい、というのがいままでのわたしの占いにいく動機のようなものです。

占いというものは価格の基準などあってなきものですから、ピンキリです。もっと高いところはあるでしょうが、自分が払った一番高い料金は30分で3万円。安いところでは1時間500円なんていうのもありました。内容もタロットから、霊感から、手相、占星術、チャネリングと様々。しかし、いろいろ占いをしてきましたが、どんぴしゃで当たる占い師というのは皆無だったといっていいでしょう。小説なんかでは、占い師になにか予言されるというのが伏線になり必ず当たるのですが、現実にはそんなことはあり得ない、というのがこの年まで占いに頼ってきた所感。中には過去生がみえる、という占い師もいましたが、それも本当のことと思わない方がいいでしょうね。

占い師には確かにそう未来が映るのかもしれませんが、なにかみえるにしても占い師のフィルターがかかってますし、占い師のエゴが知らずそこに紛れ込んでいたりもします。占い師がアフリカに住んでいて東京のことなど知らなかったら、やはりみえたものを翻訳するのに限界があると思うのです。未来がみえる力は否定しませんが、他人にみてもらう未来はだいぶん曲解されているのではないか。それだったら、自分で自分の未来をみえるようになりたいよね、というのが最近のわたし。

まあ、占いをすると自分の気持ちが整理されたりするので、カウンセリングのような気持ちでお金を払うというのはありかもですが。最近は自分の運気が悪くなってきているときに、違う視点から状況を把握するためにいく、という感じです。

でもどこかに未来を見通すすごい人がいるんじゃないか、という興味もまだ捨てきれない。で、流浪の旅は終わらないのでした。笑