人とは物語る生き物らしい

週を追うごとに、コロナが深刻化しています・・・。桜が綺麗な昨今ですが、あまり外出しない方がいいかもしれませんね。髙橋も買い物と犬の散歩以外ほとんど外出していません。

ずっと疑問に思っていたことなのですが、なぜに人は物語を欲するのか。小説でも、ストーリーを疑う時代がありましたが、現在はそれを超えてまたストーリーに回帰しているような気がします。まだまだ作家以前の自分ではありますが、それでも、どうして人は物語を作るのだろうかとずっと疑問に思っていました。物語に身をまかせる気持ち良さ。なにげないことから物語を作って自分を納得させる想像力。人間として生きている者すべてが、物語る自分の衝動を抑えられない。それが、ついこの間、敬愛するしりあがり寿さんのテレビでの言葉で解決。

「人は物語ることによって、未来を予測し、生き延びてきたのではないか」ちょっと言葉は違うかもしれませんが、このようなことをおしゃられておりました。なるほど、と手を打った。ここでこういうことが起こったからには、こう転び、やがてこのような結末に至るだろう。いわゆる起承転結ってやつですね。その流れを知っていれば、起こった事柄にどのように対処すればいいのか予測でき、大事に発展しないですむ。たとえば、牛乳の賞味期限が切れている。タンパク質だし、あたるとひどい目にあう。だから飲むのはやめる。これも物語といっていいのではないでしょうか。人は日常生活している中でも、なにかと物語っている。物語ることは、人類の知恵なのですね。

ひるがえって小説ですが、これは物語をより発展させたもの。優れた小説というものは、人類の今後を占うことすらできます。読者は今後どのように生きていけばいいのか、常に疑問を持っている。その答えを提示するのも小説の役目ではないでしょうか。村上春樹さんなど、優れた作家や詩人は無意識から言葉を紡いでいるといいます。実際にこの世を動かしているのは、人間界だけに通用する知識ではなくて、動物、果ては宇宙にまでつながっている無意識なのだと思いますし、それは真理でしょう。そこから、本当の意味での知恵を拾ってきて、作品に昇華するからこそ、人の心に深く届く。

小説なんかなんの役にも立たないから、読まなくていい。というようなものでは実はないんですね。たくさん物語を知っているということは、たくさんシミュレーションできる、知恵がある、という意味です。人はどうせなにをしても早かれ遅かれ死んでしまうのです。その中でどのように幸福な人生を生きていくのか。それをシミュレーションしている小説を読まない手はないでしょう。形あるものの果てはもうわかった。あとは内側をいかに充実させるか。これから物語の需要が高まっていくのではないか。という甘い見通し。笑 どうせ外出できないのですから、この機会に物語にどっぷり浸かるというのもひとつの手です。